エホバが家にやってきた!

今日はピアノのレッスンの日だったので、一週間ぶりにピアノに向かって「ひぇ~!!先週あんなに練習したのに、忘れてんじゃん!」と焦りながら練習していると、ちょうどノッテきたタイミングで玄関のチャイムがピンポ~ン!玄関に立っていたのは、エホバのオーラをビンビン放つ夫婦でした。

『わたくし・・・○○町から参りました□□と申します』 (・・・で?)
『素敵な音楽が聞こえてくるな~と思いましたら、奥様が弾いてらしたんですか?』 
「そうですけど、なにか?」
『素敵ですね・・・ピアノが弾けるなんて・・・云々カンヌン(長いので途中は省略)。
そうそう今日はですね。贈り物の時期が近いということで、贈り物についてのお話をさせて頂きたいと思いまして、母と一緒に参りました。』 (夫婦じゃなかったんか~い! )

いつまでたっても本題を切り出さない親子に業を煮やして
「今、忙しいんで手短にお願いします」と話を遮るように返事をしたが、
『神からの贈り物についてのお話しなんですが興味がおありでしたら是非・・・』
とカバンの中から例の冊子を出し開き始めたので、「いえ、申し訳ありませんが結構です」とキッパリ。

それからも、まだ話したそうだったが、
にこやかに、丁寧に、追い返した。


35年前、私は毎週エホバの礼拝に通う女子高生でした。
・・・と言っても、家がエホバの信者だった訳ではなく、当時"三浦綾子"を愛読していた私が、通りがかりに【聖書を学べます】の看板につられて集会所に立ち寄ったのがきっかけである。

エホバにはいくつかの教え(制約)があって、私と同い年の男子高校生(両親ともに信者)は«剣道»ができないので、剣道の授業ではひとりでバスケットボールをやっていたそうだ。他にも、輸血や偶像崇拝を否定・・・ 等。

礼拝の初めに歌う週替わりの讃美歌は楽しみだったが、聖書の話は退屈で今ではほとんど覚えていない。
信者でなかった私は、神が全能だと聞けば「神が全能なら、エイッって一瞬でみんなを自分の信者にしちゃえばいいのに」とか、神の名前がヤハウェだと聞けば「神の名前が解明されたのに、どうして誤った名前のエホバで呼び続けているんですか?」とか、アホ丸出しの質問ばかりしていた覚えがある。

そんな礼拝と勉強会ばかりで、結局私が欲しかった【答え】はココでは何ひとつ得られなかった。

1年くらい通ったが、信者が行う布教活動を"奉仕"と呼ぶことや、グイグイくる感じ(今日家に来た信者さんも正にそんな感じだった)が嫌だなと感じ始めた頃、ふと気づいた。
どんなに人間的に素晴らしい人であってもエホバの教えを守っていない人はエホバ界では"合格"ではないのだ。

コチラの気持ちなどお構いなしに"奉仕活動"をする人より、
聖書の知識がなくても 誰かに何かを残せるような人になりたりたいと思って礼拝通いはやめた。
礼拝通いでは得られなかった"どう生きるべきか"の【答え】は、案外コレだったんじゃないかと思う。
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お母さん

先日、子供たちを残して一泊でドル夫と栗駒山に行ってきた。
『親が山登りに行っちゃってるからアタシ今日お弁当じゃなくて学食なんだぁ』と言う娘に
周りの友達が『ええ?アンタんちの親、また出かけてんの?』と軽くツッコんだそうだ。

何気に嬉しそうな娘に、
来年アナタが一人暮らしを始めたら お母さん毎週末自由になるから
そしたら きっと毎週山登りかマラソンだかんね!
アナタが帰ってきても家にいないからね!

と念を押しておいた。




家でおいしいごはんを作って娘の帰省を待ちわびる母さんより
そんな 母さんでいたいなとふと思った。
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(ちなみに娘の好物はピーマンの肉詰め)

「嫌な事」を克服できない理由に気づいた

月曜の朝、歯を磨きながら今週一週間の段取りを考えていたら
今週は手強い案件が3つもあることを思い出しドンヨリと始まった今週ですが、
今日までに2件は何とか突破。

嫌だなぁ~と思うことに立ち向かうときは、いつも被災地の風景を思い出して
「何が嫌だと!? 家も家族もあるクセに何言っちゃってるんだアタシ!!」と自分で自分の背中を押しまくる。
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しかし、今月は娘と「牛タンと背中で感じる仙台の旅」を予定しているので
これを頑張ったら仙台!と念仏のように唱えている。
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夏にもチョット大変な案件を抱えているが、
秋に予定している栗駒山登山と
栗駒山

結婚25周年の記念の「京都銀婚旅行」を目指して
清水寺
きっと乗り越えられると思っている。








でも、それってちょっと違うんじゃないか?
「嫌な事」の先にニンジンを吊るして駆け抜けているだけで
結局は「嫌な事」に向き合わないで"ニンジン"に逃げているだけじゃないのか。
だから私は「嫌な事」はいつまでたっても「嫌な事」なままで克服できない。。。
それは『私のなりたい自分』なんかじゃない。

「種の起源」を唱えながら

昨年だったか、朝トイレに入りながらネットで楽譜を注文したら
(頼みもしないのに)その日の夕方に届いてビックリしたことがある。
特に急いでいるわけでもなかったので余りの過剰サービスに恐縮しこの手のサービス合戦はどこまで行くんだろう・・・と心配していたところ、宅急便ドライバーの過重労働が問題になりだした。

・・と思ったら今度は、この宅配最大手の○○運輸が最大の取引先でもあるA●azonの当日配送サービスから撤退するというニュース。
全く予想していなかった対応に、良くやった!と心から拍手を送ったが、一方で"客離れ"の助長も心配だった。

しかし、最近 ○○運輸のコマーシャルで宅配ロッカーなるサービスや
宅配前にLINEで情報が届いたり・配達条件の変更ができたりというサービスがあることを知り
お客のニーズに合わせて次から次へと新たなサービスを生みだす宅配業界の進化には
ただただ感心するばかりである。


最も強い者が生き残るのではなく、
最も賢い者が生き延びるのでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である。

とは「種の起源」で有名なダーウィンの言葉。

企業はもとより、個々の人間も常に変化に対応できることが大切ってこと。





・・・なんてあらたまって呟いたのは、
私が今週 面倒な仕事に立ち向かっているからです。

草を見ずして草を取れ!

仕事帰りにグッタリしながら信号待ちをしていたら
晩翠橋(ばんすいばし)からの那須連山がキレイだったのでスマホのカメラを向けた。
が、何なのさ?この那須連山の良さが1%も伝わらない写真(笑)
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ちなみに、晩翠橋は下から見ても美しいのです。
晩翠橋_convert_20170622212024
(写真はお借りしたものです)


さて、このところ仕事が回らずアップアップしておりますが、
仕事の量が自分のキャパを超えてくると必ず思い出すのは、この言葉。
上農は草を見ずして草を取り
中農は草を見てから草を刈り
下農は草を見て草を取らず


優秀な人は問題が起きないうちからアレ?と異変に気づき、問題が起きる前に対処できるのですが、
「あ~!やっぱり問題が起きた!対処しなきゃ」と問題解決を始めるのが中農で、
起こった問題を見て何の対策もしないのは下農だというんですね。

仕事が順調に回って目が行き届いている時は、先手先手で仕事ができるのですが、
忙しくて少し気持ちがザワザワしてしてくると、問題が起きてから問題潰しに追われ
"ひとりモグラ叩き状態"になり本来の仕事に手が回らなくなります。
何事もつねに先手を打つことによって、手間は何倍も違ってくるのです。

・・・と、わかっちゃいるけどムズカシイ。